「チーズはどこへ消えた?」を読んで、変化する現実と向き合い、恐怖を無くせば必ず未来は開ける。
人生という迷路に迷った時、あなたは何を考え、どんな決断をするのか?
そして「成功」というチーズを手に入れた時、何を思い、どう行動するのか?
どうしようもない状態に陥った時に下される、恐怖に支配された決断は本当に正しい決断なのかを教えてくれる1冊。
現代に必要とされる人生哲学を「チーズはどこに消えた?」から探してみました。
行動派のネズミと慎重派の小人たち
この物語に登場するのはネズミのスニッフとスカリー、そして小人のヘムとホー。
それぞれに個性があり、一言で言うならネズミたちはとにかく試行錯誤を繰り返しながらチーズを探し求める行動派であり、一方で小人たちは状況を判断し過去の経験から得た教訓をもとに考えながら一歩ずつ進む慎重派で、そんな対極にある彼らの繰り広げる物語です。
彼らは迷路の中で毎日チーズを探し求めながら暮らしています。
そんなある日、4人は美味しいチーズがたくさんあるチーズ・ステーションCを見つけます。
独占することの危険性〜それは本当に自分のチーズなのか?〜
当分生きるのに困らないほどのチーズを前にした小人のヘムとホーは、「チーズは自分たちのものであり、チーズを手に入れれば幸せになれる」と自信満々にあぐらをかき、段々と怠惰な生活に身を落としていきます。
一方で、ネズミのスニッフとスカリーはチーズがある事には満足せず、前と同じようにせっせと辺りを嗅いだり、走り回ったりしていました。
そんなある日、チーズ・ステーションCにあった大量のチーズが突然消えてしまうのです。
現状維持の罠〜いつまでも嘆いているヘムとホー〜
「チーズは自分たちのものだ」と慢心していたヘムとホーはもちろん現実を受け入れられません。
「昨日までそこにあった大量のチーズが消えることなんてあっていいはずがない、自分はあのチーズで有名になり、幸せを築くつもりだったのに!きっと何か理由があるはずだ!」と半狂乱になりながら怒りの声をあげます。
そして、ヘムよりはいくぶんか現実主義のホーは壁にこう書きます。「自分のチーズが大事であればあるほどそれにしがみつきたくなる。」と。
即行動の重要性〜現実を即座に受け入れたスニッフとスカリー〜
チーズ・ステーションCからチーズが消えたその日に、スニッフとスカリーは「ステーションの状況が変わったのだから我々も変わるべきだ。」と、新しいチーズを探しに出かけます。
消えたチーズを誰かのせいにしていつまでもステーションCに留まっているヘムとホーをよそにすぐに行動した2匹のネズミはしばらくして、ステーションCよりも多くのチーズのある「ステーションN」を見つけるのです。
行動したものだけが勝利を勝ち取り、現状を受け入れられないものは衰退していく。だんだんとこの構図がはっきりと浮かび上がってきます。
ここまでの流れを一旦整理しましょう。
この物語は非常に簡単な要素で構成されています。
登場人物はネズミ2匹と小人2人、至ってシンプル。
それぞれの登場人物に特徴があって、ネズミのスニッフとスカリーは試行錯誤を繰り返す行動タイプ、基本的に思考することはほとんどなく、直感と本能を頼りにチーズを探し回ります。
それとは対照的に小人のヘムとホーもスニッフたちと同じようにチーズを探してはいるのですが、いろんな考えをめぐらせているせいで、人間特有の複雑な感情や信念が邪魔をして、迷路の中で生きるのが少し難しくなってしまうことがあります。
そして彼らは、大量のチーズを見つけた途端にそこに居座って、まるでこのチーズは自分たちだけのもので、誰にも奪わせはしないと意気込んでいる。
チーズがなくなった瞬間、我を忘れたように犯人探しを始め、なぜチーズがなくなったのだ!と怒りの炎を燃やしています。お腹を空かせながら。
ここで、1つ大事なことがあるのですが、物語の中で「なぜチーズ・ステーションCにはチーズがこんなにあるのか?」ということは誰も知りません。
なぜか分からないけどそこにチーズがあるから安心だと考えてしまったのが小人たちなのです。
そして実は、ネズミのスニッフとスカリーは少しずつではありますが、ステーションCのチーズが減り始めている事に気付いていました。ここが後々、それぞれの思考に影響してきたのだと思われます。
前半を現代社会に当てはめて考えてみましょう。
スニッフとスカリーたちは「何事も独占はしない、常に新しい可能性を探し続けるクリエイティブな起業家タイプ」です。
一方でヘムとホーは「この分野は俺たちのもの、何で利益が出るかはよく分かってないけれど座ってればお金がもらえる会社員タイプ」ですね。
どちらが良いかはもちろん人によりますが、今回の物語で言えば間違いなく前者に軍配が上がるでしょう。
なぜならステーションCにはもうチーズはないんですから。
昔は幅をきかせていたが、もはや将来性もなく、今にも潰れそうな元大手企業にいつまでもいる意味とはなんでしょうか?次にやるべき行動は何でしょうか?
ヘムとホーのように、「まだこの会社は大丈夫だ」「誰か会社の経営を邪魔している悪者がいるに違いない」と現実逃避や犯人探しを繰り返すことが自分にとって何になるのでしょうか?
そんな簡単なこと分かってる、と思う人もいるかもしれませんが、今の日本にはこのような会社員がごまんといるのが事実。
今こそ自分の振る舞いを省みて、少しでも現状に甘えていたところはないか、誰かのせいにして放っておいた夢はないかを考える時ではないか?と優しく教えてくれるのが前半の教えです。
それでは後半を見ていきましょう!
現実逃避の危険性〜現実に気づき始めた小人たち〜
今のままでは空腹とストレスでダメになってしまうと気づき始めたヘムとホーはステーションCの周りでチーズを探し始めますが、チーズは全く見つからず、ホーは「もう諦めよう。」と弱音を吐きます。
しかし、心の奥底では気付いているのです、「繰り返し同じことをしても、事態は好転しない」という事に。
現実を受け入れられず、それが成長を妨げる1番の原因になっていることも分かっているのに動き出せない。
彼らをそうさせているのは「過去への執着と未来への恐怖」でした。
変化しない事=破滅〜動いた者が勝ち、執着した者は破滅する〜
全ての事に関して消極的なヘムとは対極的に、ホーはまたチーズを探しに出かけようと決心をするのです。
自分たちの状況を客観的に把握し、いかに愚かな行為をしていたのか気づいたホーは、意気消沈し痩せ細った相棒にこう言います。
「物事は変わることがあるし、決して同じ事にはならない。あの頃と一緒だよ!それが人生だ!人生は進んで行く、僕らも進まなければならない!」と。
しかしまだ現実を受け入れられないヘムは、不安を怒りに変えて聞く耳を持ちません。
せめて心変わりをして欲しいと考えたホーは壁にこう書いてステーションCを後にします。
「変わらなければ破滅する事になる」
恐怖の正体とは何か?〜自分の可能性に気づく〜
再び迷路に繰り出したホーは、ステーションCに後ろ髪を引かれながらも新しいチーズを探そうと決めます。
しかし、いざ一歩踏み出してみるとそこは不安と恐怖の混在する場所で、本当に自分は迷路に入っていきたいのだろうか?と自問してしまいます。
そこで彼は壁にこんな言葉を書くのです。
「もし、恐怖がなかったらどうなるだろうか?」
恐怖は時に最悪の事態を阻止する役割がある一方で、「やらざるを得ない」という恐怖は自分を奮い立たせてくれる。
ホーは自分が感じている恐怖を原動力にして変化していこうと再び心に決めます。
しかし、ホーはまだ恐怖の本当の姿に気付いていなかったのです。
変化に敏感になることで自分を守る〜常にアンテナをはれ〜
ホーはステーションCにいた時のことを思い出して、チーズは一夜にして消えてしまったのではないこと、もしかするとチーズはカビていて、もうダメになっていたのかもしれないことに思い当たりました。
「これからはもっと注意しよう、変化が起こるのを予想し変化を求めるのだ。いつ変化が起こるかを本能的に感じ取り、それに適応する準備をするのだ」と決心しました。
そしてホーは不安に駆られながらも、自分の内なる恐怖と向き合いながら、試行錯誤を繰り返し迷路を進んでいきます。
恐怖を取り除けば自分のやりたいことがわかる〜恐怖の本当の姿〜
迷路を進んで行くと、みたこともない暗い小道やチーズの残っていないチーズステーションを何度も見つけるのですが、毎回感じるのは恐怖だけ。
ホーは段々と、自分が恐怖に支配されてきている事に気づきます。
新しい道に進まなければいけないことは分かっているのに、その度に恐怖が手招きをして邪魔をする。
ホーはこの恐怖に打ち勝つために壁に書き残します。
「恐怖を乗り越えれば、楽な気持ちになる」
恐怖というものと向き合って、自分が行動する時にその恐怖と相談するのはやめよう、恐怖がなければやることをするべきだ。と決意し、ついに呪縛から解き放たれるのです。
そして、しばらくして、ホーはついにステーションCよりもはるかに多くのチーズのある、ステーションNを発見します!
そして、この長い旅で学んだ教訓を壁に書きつけてこの物語は終わります。
「変化は起きる チーズは常に持っていかれ、消える
変化を予期せよ チーズが消えることに備えよ
変化を探知せよ 常にチーズの匂いを嗅いでいれば、古くなったのに気がつく
変化に素早く適応せよ 古いチーズを早く諦めればそれだけ新しいチーズを楽しめる
変わろう チーズと一緒に前進しよう
変化を楽しもう 冒険を十分に味わい新しい地図を楽しもう
進んで素早く変わり再びそれを楽しもう チーズは常に持っていかれる」
それでは後半を通してこの物語を見てみましょう。
ステーションCにもはや希望はないと悟った小人のホーは、現実逃避をやめ不安と恐怖に駆られながらも新しい地図を探しに出ることを決めます。
現実を受け入れないことが自分の成長と可能性を否定しているということに気づくのです。
まだ現実を受け入れられていない相棒のヘムに対してホーは、「人生は進んでいく、だから僕たちも進まなければいけない」と言います。
しかし彼はそのことさえも認められず、一向にステーションCを離れようとしません。
そこでホーは、いつかヘムの考え方が変わってくれることを願って、自分の進む道の壁に自分が変化する上で学んだことを書き残していきます。
「変わらなければ破滅することになる」
「もし恐怖がなかったら何をするだろう?」
「常にチーズの匂いを嗅いでみること、そうすれば古くなったのに気がつく」
「新しい方向に進めば新しいチーズが見つかる」
「恐怖を乗り越えれば楽な気持ちになる」
「チーズがないままでいるより迷路に出て探したほうが安全だ」
段々と、ホーの考えはポジティブになっていき、ヘムを励ます言葉へと変わります。
この物語は、最後までヘムがどうなったのかについては明言されていません。
彼が現実逃避を続けて飢えて死んだのか、それとも新たな一歩を踏み出してチーズを探そうとしたのか、もしかするとこの物語においてのヘムは「変化を恐れている読者自身」なのかもしれません。
まとめ
物語を通じて作者が言いたかったのは
「変化にどう向き合うか」
「その時に湧き起こる自分の内にある感情とどううまくやっていくか」
ということだと思います。
現代において、特に日本人に関しては同調圧力の強い文化の中で、「他者と違うこと」や「人と違うことをする行為」は異端であるとされています。
しかし様々な情報の飛び交うこの世界で変化を受け入れない事は「死」を意味する。
この「チーズはどこへ消えた?」は自分の変化、世の中の変化に気づき、新しい地図を探しに出かけることが求められていると感じさせてくれる物語だと思います。
今自分は何になりたいのか、どうしたいのかがわからないと言う人が増えています。
しかしそれは決して悪いことではなく、目まぐるしく変化するこの世の中でチーズが現れたり消えたりしているからなのです。
そんな時は迷路を進むホーのように、自分の不安と恐怖と向き合いその感情が何を邪魔しているのかを見つめることが必要とされているのかもしれません。
登場人物の4人だけのこの単純なストーリーの中に、たくさんの人生哲学が隠されています。
しかも、それは今の自分たちにとって耳の痛いことばかりで、どれも深く胸に突き刺さります。
変化することを恐れ動き出せないまたは何かを成し遂げたいけど何から始めればいいかわからない、そんな人に読んでもらいたい物語です。
この本を読めば登場人物4人のどれかに自分を重ね合わせ今何が必要で何が不必要かを感じ取れるはずです。